専門家として相手に寄り添う、ということ
こんにちは。
May's + 海野です。
先日、母親が約2週間の入院生活を終えて
元の施設に戻ることができました。
今回の救急搬送から入院に至る経緯、
入院中の担当医とのやり取りから
感じたこと、自分の仕事にも繋がる
気づきなどをお伝えしていこうと
思います。
救急搬送から入院までの経緯
最初の救急搬送時の救急外来では
特に緊急性もなく、バイタルも
安定しているということで、
そのまま帰るように言われました。
症状を引き起こした原因も不明、
検査はしたと言うものの
何の検査をしたのかも
その結果についての説明も何もなく。
〈バイタル〉
体温・呼吸・
お世話になっている施設側としては
今回、初期症状で吸引が必要であったこと、
夜間は看護師が常駐しないこと、など
不安な要素が多いため、
一晩、病院で様子をみて欲しいという
希望もあり、私たち家族もお願いしましたが
病院側はそれを受け入れることは
ありませんでした。
結局、19時頃に母を施設に送り届けてから
数時間後の23時頃、病院から電話があり
検査画像に見落としがあったため
今から再度来院させて欲しいとのこと。
再度、母は施設から救急車で運ばれ
私たちも病院に向かい説明を受け、
今度はそのまま入院ということに
なった訳です。
医療者との関係性
そんな訳で、当初医療者側への
信頼感はほとんどありませんでした。
ですが、その後担当していただいた
医師の方は、家族にもとてもわかりやすく
図を描きながら丁寧に説明してくださり
この先生なら…という気持ちに
変わっていったのです。
入院から約1週間は絶食が続き
薬剤を含んだ点滴だけの生活でした。
その後、症状も落ち着き
少しずつゼリー状の食事が再開されましたが
直後に再度白血球の数値が上昇し
誤嚥による炎症も疑われたので
食事を継続するか?という問題が
起こってしまいました。
選択肢としては
・また絶食に戻して数値の変化をみる
・食事が原因であるとは確定できないため
ひとまず食事は継続して様子をみていく
という2択から判断を下さなくてはなりません。
本人は既に判断能力もなく
意思表示もできない状態なので
家族が判断することになります。
家族としては、後者を希望しましたが
それは、誤嚥によるリスクを伴います。
担当医は、そのリスクを説明した上で
家族の希望を受け入れてくださいました。
その時の担当医の一言が
「食事は、今の患者さんにとっての唯一の
楽しみだから、それを取り上げてしまうのは
気の毒ですから」という言葉でした。
もちろん、医療者として許容範囲はあって、
何でもかんでも患者の希望通りにはできない、
いえ、してはいけない時もあります。
ただ、この時の担当医の言葉から
患者の状態を見極めて
できる限り、患者や家族の想いに
寄り添おうとしてくださっていることが
感じられました。
結局、そのまま食事は継続しましたが
白血球の数値も改善し、
数日後に退院となりました。
退院説明の時にも、担当医は
今後も今回のようなことを
繰り返すかもしれないが
その時は、また僕が診ますから、と
言っていただき、本当に信頼できる医師に
診てもらえてよかったと思っています。
私自身の仕事も同じであるということ
今回の一連の経緯から
改めて強く感じたことがありました。
医師、医療者というのは
人間の体に関しての専門家です。
人の命に直結する様々な問題点を
見つけて、調べて、治していく、
あるいは、辛く苦しい状態で
過ごすことのないような方法を
探し出していきます。
でも、そこに患者さんやご家族に
寄り添う気持ちがなく
ただ、機械的に進めようとすれば
信頼関係は築きにくくなります。
同じことが私自身の仕事の進め方にも
言えることであると、今回のことで
改めて強く感じました。
あなたが思い描くこれからの生活。
ご相談を受けたり、
ライフプランを作ることで
今後の生活資産が見えてきた時に
希望通りにいくこともあれば
すぐに実現できない状況であることが
明確化することもあります。
そんな時に、目の前にいるあなたの
希望や願いを尊重しながら
問題点を見つけて・調べて・提案していく。
もし、間違った方向に向かっていたら
軌道修正の必要性やその理由を
きちんとお伝えできるように。
終活の、そしてファイナンシャルプランの
専門家として。
そんな大切なことに
改めて気づくことができた
今回の出来事でした。